自己紹介します

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今さらながら、ごあいさつ

熊野ログを読んでいただきありがとうございます。
管理人の坂本です。

1人旅で計画していた【京都・大阪・奈良 熊野古道360㎞歩き旅】が、なぜかどんどん大きくなってしまいました。
自分の撒いた種にびっくりしています。

応援くださる見知らぬ方々からのご連絡は、たぶん20名くらいになりました。リストアップしないと!
その他にも、会ったことがあったけど接点のなかった方、人づてにご紹介いただいたご縁など…
熊野古道って本当におもしろいなと改めて考えています。

『語るは何者かではなく、大切なのは何を語るか』

私の旅の計画を、多くの方が驚いておもしろがってくれます。

「企画がいい!」「川の道は僕らも抜けてるんや!」と喜んでくれるベテランガイドさんもいて素直にうれしい。過去に調べた資料を出してきてくださったり。

これはきっと熊野古道への想いや挑戦する気持ちなど、お互いに共通し共感するところがあるからだと思うのです。年齢も肩書きも関係ないんやなぁ。

自分でも「おまえ誰やねん!」と思います。「私なんかが何を言っても」「誰が見てくれるものか」とも、もちろん思いました。33歳で旅をはじめます!って遅いデビューやなぁ、ついて来る人あるんかいと。でも考えたら、誰も来なくたっていいんです。最初から1人旅のつもりなのです。そしたらダメで元々やなと。

あろうことかこれが加速して、40人乗りの三十石舟も貸切るんだと心に決めてしまいました。「あんた何モンやねん」と友達にもツッコまれました。

実はこっそり一次募集の種を撒いています。名づけて「紀伊半島の参詣道から八咫烏たちよ集まれ 構想」です。(はて八咫烏の好物ってなんだろうか?)2月中に私の思ったように集まらなければ一般募集の予定です。お楽しみに。

ダメで元々です。もし乗船者が集まらなくても私が身銭を切って恥をかくだけなのです。そりゃぁまあ、きっと一本松海運さんがあきれるとは思うけど!

※お詫びと訂正※ 
 私の凡ミスで船は相乗りになりました…(T_T) 
 が!八咫烏集めは進めてみます。乗船してくれなくても知ってほしいから。

楽しみにされる方が少なからずいるので、面白くしたいと思っています。熊野を愛するたくさんの人の気持ちも、この旅を通してみんなに届けたいって、思っています。がんばるよあたし!(だからおまえ誰やねん)

生い立ちや経歴

人を応援するときに、その人が何者かは大切ではないでしょう。

でも人となりがわかった方が、協力者も増えるかなとも思います。地元に生まれて「和歌山はなにもない」って言う人には、こんな普通の人でも、見方を変えればいろんな遊び方ができるよって言いたいですしね。

 

■坂本このみ/1985年 和歌山県田辺市出身/白浜町在住/A型のおうし座

三人兄弟の末っ子一人娘です。快活でませてよくしゃべり、自我の強い負けず嫌いな子供でした。小学校では意地悪やいたずらをして校長室に呼ばれることもあれば、友達を巻き込んで老人ホームに出入りしたり(喜ばれた)、ゴミ拾いをしたり、轢かれた犬や猫のお墓を作ったり、良くも悪くも好奇心や自主性の強い子供だったと思います。

校区外に飛び出したり基地を作ったり、また絵を描いたり文字を書くのも好きでした。旅行記、動物記は大好きなジャンルです。そういう忘れていた興味あることを、遊び方を、今大人になって改めてやろうとしてる気がします。

小学6年の時に母が他界します。多感な思春期も重なり暗い学生時代を過ごします。無力さや悲しみや怒りに繰り返し対峙して、神仏や宗教についても私なりの解釈や価値観が形成された時期です。自転車の事故で中学1年のときは大腿骨を骨折し入院。クラブ活動もスポーツも何もしていません。元来の明るさを取り戻すのにはかなり時間を要しました。

高校でも馴染めず浮いた存在でした。大学を目指す多くの同級生の中で私は目標もなく話も合わず、学校間違えたなとも思ったし、授業は眠くて仕方ないし、無駄なプライドと劣等感もいっぱいで、人とのコミュニケーションに自信がありませんでした。

卒業し専門学校のトラベルコースを選択しました。母の死後、祖父母が海外旅行に何度かつれていってくれ世界への関心が高まったこと、女性が活躍でき自由な仕事に見えたことなどがきっかけです。

大阪の旅行代理店で3年半働きます。営業・企画・添乗と小さな会社だったので色々経験できました。そして故郷の良さを知ります。他府県から見た和歌山の姿、豊かな自然への憧れ。祖母の死もあり地元で暮らしたいと強く思うようになって、24才で帰郷します。

まちづくり会社で仕事が決まります。約2年の契約期間満了まででしたが、田辺の市街地活性化事業やイベント事業の事務局として、新鮮な経験をさせてもらいました。有志のボランティア、役場、団体、自営業者など様々な人が一丸となって物事が生まれることを目の当たりにし、地元にはこんなに希望があるのだと感激しました。

そして今のホテルに勤務して7年です。いつの間にか中堅の立場で、企画するイベントにリピーターもついて、色々と悩みながらもそれなりに自立した生活を過ごすことができています。でも何だかこのまま会社員をするのは違う気がしました。働き方も人生もすべて見直したい。悩んでいたある日、スペイン巡礼をした女性と出会います。

これなら私にも出来るかも!子供のころから抱いていた旅への憧れが蘇ります。いやでも熊野古道をもっとやらないと!2018年5月のことです。それから6月に高野七口に何度も挑んで、7、8月にはブログサイトを作ってみます。あーでもないこーでもない…そんな感じで今に至ります。

ちなみに祖父母の出身が中辺路の野中です。戦死や病死でルーツがはっきりしませんが炭焼きだったとか。

熊野古道との出会い

初めて歩いたのは滋賀から友人が遊びにきた24才頃。熊野本宮大社から発心門までの「逆ルート」です。これ分かる人は「あーあ」と思うのですが、逆ルートって無計画な初心者はあんまりしたらアカンやつです。本宮へ向かって歩くなら下りが多いのですが、登りばかりで運動不足でめちゃくちゃキツかった思い出があります。バスと言うタイムリミットに急かされて、ガイドマップも持ってなくて、観光雑誌で歩いたと思います。完全に観光客でした。今となっては「あれはきっと熊野の時を遡る儀式だったんやな!」とええように解釈していますが。

その後、再び発心門を歩く機会がありました。女性の語り部さんが同行してくださって、やっぱりガイド付きは違うと感心しました。もっとやりたいなと心にはあっても登山靴を買うとか、どうやって始めるかとか、わからないまま時がすぎます。

転職したホテルのイベントで、中辺路の語り部さんと出会います。「あなたにも歩けますよ」ご高齢の参加者を励まして、楽しませて、大きな声で六根清浄をやるガイドのパワーに大いに刺激されました。私も滝尻からちゃんと歩く!と地元の友達と二人で始めたら、初めはさっぱりだった地名や王子の名前も、路線バスの時刻や計画も、すんなりわかるようになってきました。

中辺路を歩いて仕事でツアーを企画して、紀伊半島の全体像が見えはじめます。次はどこにしようというときに、紀伊路の分割踏破イベントを知りました。そこで紀伊路もめっちゃおもろいやん!と発見します。アスファルトの道がおもしろいかどうかは人それぞれポイントが違いますが、少なくとも私は歴史浪漫の宝庫であると感じました。知らなかった歴史、知らなかった人達、こんなにすぐ近くで遊べるなんて最高やなと。

宗教観、SBNR

現代の若者の多くと同じで、私はさほど神仏への信仰心は強くありません。伝統文化への憧れや大切に思う気持ちは強いですが、ご朱印も集めていませんし厄年も知らぬ間に過ぎていました。サービス業には盆も正月もなくて、個性的な家族のもとで育ったので儀礼的なものや季節の行事などにもかなり疎いところがあります。

でも、登山じゃなくて熊野古道がおもしろいと思っています。そんな私でも受け入れてくれるからです。「信、不信を問わず」というスタンスで、熊野はなんでもありで心が広いなぁと思うのです。自然信仰ですからすべてが神様です。命のない岩や川も。きっと自分自身もその一部。

先日参加したイベントで「SBNR」という言葉を知りました。「Spiritual  But  Not  Religious」の略で、「特定の宗教に属さないが信仰心のある人々」や思想を指します。このSBNRと呼ばれる人が今増えているのだそうです。

宗教というつながりはなくなったけど、どこかで人は自分と同じような共感しあえる仲間を探していている。つながりを求めている。これからのそんな時代に、熊野における宗教ツーリズムの可能性はとても大きいんだそうです。

「宗教」っていうと大げさで胡散臭い感じもあるんですが、スペイン巡礼で旅人同士が助け合って仲間になって、みんなでゴールして「神様サンキュー!生まれてきて良かったよー!」っていう感動の共有ってまさしく心のつながりです。例えたった1人でゴールしても、歴史の道ですから古の人の気持ちを思ってみたり、景色に意味を見出したり、何かに導かれたような気になったりするわけです。これはただの観光ではなく、歩く旅の醍醐味です。

今までの宗教は心の拠り所や救いであったわけですが、私のような既存の宗教スタイルを失った若者が、この人力の旅にそれに代わる何かを求めようとしている…のかもしれません。

ゴールで皆でバンザーイってやれたらいいな!という発想、古の人々の気持ちになってみよう!という想像、いつかの未来へつながれ!という理想、もしかしたら根底にあるのは、こういうことなのかなと考えさせられました。

これから

歩き終えたあと、仕事をどうするかはまだ何も考えていません。9月にはスペインのつもりですが何も計画してません。

ただ漠然と夏までに小辺路だなと思っています。スペインの共通巡礼は小辺路でやってる人は少ないかな~というただそれだけの理由ですが。小辺路が私を呼んでいる!と思っています(笑)

それから伊勢路をやります。カヤックによる海の参詣道もあるみたいで、ゲストハウスや民泊情報も興味があります。
紀伊路には海の道もあるのでこれも調べてやりたいです。そして大辺路は居住エリアなので一気にはやらずに刈り開く側の手伝いなんかもやりたいと思っています。さらに高野七口、これも勉強し時期をみては再トライ。高野山は奥が深いので何度でも発見があるでしょう。そして大峯はとっておき。女人禁制を自分の頭で考えてみます。

じつはお遍路など、日本各地の街道にも興味が広がってきています。私は登山ではなく街道が好きなのかもしれません。お遍路には熊野古道に活用できるヒントがたくさんあると思っています。お遍路代行とか、熊野古道でもビジネスになると思うし。
ニュージーランドも行きたいし、屋久島も行きたいし、富士山も行きたい、英語習得したいからセブの語学留学も行きたいし…何をいつやるかわかりません。だって…そんなに遊ぶお金ありません(泣)

色々アルバイトなどをして貯金なくなるまでは、やりたいことやるつもりでいます。

でもブログサイトは継続して、人のためになることをやりたいと思っております。
今後ともよろしくお願いいたします。

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