平成最後の熊野詣でを終え… 次の目標は「令和最初の熊野詣で」?!

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応援ありがとうございました!

熊野ログを運営しています坂本です。

2019年4月1日、新元号発表のその日に平成最後の熊野詣でをスタートしました。京都の城南宮からはじまる360㎞の旅の挑戦。

淀川のカヤックの上で「れいわ?!…どんな字?!」と重大ニュースを耳にした次第です。

▲すごく寒かったけど、皆で同じ夢を見たような気がする三十石船

たくさんの方々の応援をいただき、けがもなく無事に熊野本宮大社にたどりつくことが出来ました。ご報告と、心からの御礼を申し上げます。

 

▲大斎原を人力車で!夢のようなゴール

 

▲女性車夫、美希さんの姿はキリっとして本当にカッコよかった

 

約3週間におよぶ歩き旅は、Youtube・NHKの4Kカメラなど…予想外の最新機器まで使用され、そして様々な肩書きの人が参加してくれました。

▲最終日は4Kカメラが2台も使用された

 

ゴールは平安衣装で人力車!このために、わざわざ伊勢から来てくれた人力車にじいろの美希さんの元へさぁ着替えて行くよ~!

ところがゴールを直前にして、時代衣装をあつかう熊代屋さんに、語り部の安江さんの姿が見えたのでほっとして思わず泣いてしまいました。

全然つらくない最高におもしろい旅だったから感動するかわからないくらいだったし、正直どうしてこうなったか自分でも意味不明のまま突き進んできました。

熊野のあらゆる可能性を教えてくれた安江さんは私にとって原点。がんばりました~と子供のような気持ちで涙があふれました。

▲アスファルトも海岸もKUMANO、そう教えてくれたから

 

大斎原を走る大正時代の人力車、偶然に同日開催されたクラシックカーイベント、そこに360km歩いてきた平安衣装の旅人…こんなこと史上初でしょう。

あらゆる時代がMIXされて、平成の熊野らしい寛容で何でもありの光景だったなと、すべてを終えて感じています。

 

なんていうか・・・色々やってみて本当に良かったです。勇気を出してみることですね。

美希さんや私たちを祝福する人たち、受け入れてくれた本宮の方々、奇跡のような旅でした。人力車に乗る人は皆ほんとに良い笑顔。何にも代え難くうれしいことでした。

HK和歌山での放送が決定!
4/25(木)18:30~ギュギュっと和歌山で私の『平成最後の熊野詣で』の密着取材の様子が放送されます! (※和歌山以外の近畿では4/26(金)にリリースされるそうですが放送がいつになるかは未定だそう)

巡礼による変化

そう信心深くない私でさえ、毎日いくつもの王子社や神社仏閣、お地蔵様や庚申さんに手を合わせると、謙虚でいい気持ちになりました。

持てる物も、やれることも限られます。必要最小限の旅は、余計なものが削ぎ落とされていく感じがしました。

▲すべて受け入れよう、天候ともうまく付き合うこと

 

あきらめること、切り替えること、疲れを残さないこと…そうやって心身がリセットされるのかもしれません。

目の前で起こることをありのままに、生まれる感情にすなおに従おうと歩みました。そうしたことで、すごくシンプルな本来の自分に戻るような感覚がありました。

▲本来の自分…昼間からお酒を飲んだり~

 

身体の変化ももちろんありますが、蘇りの道といわれる理由が私にはそう感じられました。

道とご縁をつなげて

私の平成の熊野詣では、難行苦行と呼ぶには程遠く…様々な仲間が現れては交わり、毎日笑ってばかりでした。

▲開業前の勝浦Why Kumanoにモニター宿泊させてもらったり

 

山の中で落とした財布が返ってきたり、荷物を運んでもらったり、差し入れにたくさんの物資をいただいたり、初めて会う方にまでたくさん親切にしていただき、本当に幸せ者だと感じました。

▲星空ツアーも最高に楽しかった~!

 

道中でたくさんのご縁をいただいたのですが、参加してくれた方々にもつながりが生まれたのがなによりの喜びでした。
見知らぬ者同士が仲良くなるのです。わずかな時間を共にしただけでも、SNSでその先もつながります。友達の輪が広がったようでした。

▲熊野三山コンプリート!
▲雨予報もなんのその!

 

馬鹿げた冒険に加わる旅人は、みな熊野クレイジー。きっとまた熊野で会える、そんな気がして笑顔で別れます。

▲熊野クレージーたちとの素敵な出会いに感謝!
▲ゴレンジャーで熊野川を制覇!

 

縁をつないだこと、これが私が成し遂げたことでもっとも価値あるものだと思っています。やったね!という気持ちです。
温かな気持ちがあふれるこの道の未来は明るい!そう、信じています。

熊野の神秘

4月14日に熊野本宮大社に到着したとき、感慨深いというよりは、リラックスした気持ちでした。
和歌山出身で、何度も足を運んだことのある境内。

それに本当のゴールは速玉大社、那智大社を経て4月20日!!この日は最終日でもありません。

▲神門を通るまでは陽気でした

 

ところが社殿を見上げた瞬間、強烈で言いようのない感激がこみあげて涙がでてきました。
「感涙に咽んだ」藤原定家の気持ちが、祈りの道を歩いた人々の想いが、想像と時空を超えて出現したかのようでした。

▲いにしえの人々も夕陽を見たろうな

 

自分自身の苦労を思い出すとかそういったものではなく、神々しく大きな何かに触れたような。
それは九十九王子を自分の足で辿ったからこそ、ここがどんなに価値のある場所か思い知ったようでした。

見慣れたはずの社殿にうるうるとして頭を下げ、「巡礼ってすごい」と大斎原で放心しました。

 

▲速玉大社に到着!

 

再び船頭に導いてもらった熊野川でも、新宮の速玉・神倉・阿須賀神社でも、修験の入り口である那智大社でも…貴重な体験や出会いをいただきました。

▲滝尻王子で皆待っててくれた。ありがとう安江さん。

 

あまりにも素敵な人が多すぎて、伝えたいことが多すぎて、簡単には表現できそうにありません。(あと画像も多すぎて整理しなければ…!)

6月には集中してブログ更新をしたいと考えています。またどこかで報告会や、いずれは書籍化などもしたいと考えています。

令和最初の熊野詣で

体を休め、ためこんだ返信をしたり、国民年金を引き落としにしたり、残高不足で止まったクレジットカードを復活させたり笑 事務処理をこなし今回の御礼を皆様にどうしようかと思案しつつ・・・次の計画も描き始めました。

9月のスペイン巡礼までに、まだまだ紀伊半島を歩きたいから。

当初の予定通り、暑くなる前に高野山から本宮への小辺路70㎞をやります。
でもそれだけでは当たり前すぎて面白くないので、京都から東高野街道を追加して170㎞(?)くらいの行程で歩こうかと検討しはじめました。うふふ。

▲待ってろカミーノ 9月にな!

 

伏見から船で下るときに必ず立ち寄ったという京都の石清水八幡宮。これが気になって3月に八幡を散策しました。そのときに高野七口の女性ガイドさんも歩いたと言ってた東高野街道が八幡からだと知って、やりたいなと漠然と思ったのです。

▲これこれ!

 

後白河上皇は33回の熊野詣でを成就させて、34回目は高野山に御礼参りに行ったそう…もしかしたらこのルートだったかも?と思ったり。
(観音様の変化の数、33回を目指したんだそうです)

良くしていただいた伏見にまた御礼に行かなきゃと思ってたし、ついでにそこから小辺路へ行けばええやんという発想です。Oh 熊野クレイジー。

そんなわけで、『令和最初の熊野詣で~東高野街道・小辺路編~』たぶん、突然はじまります!!

お楽しみに!

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