熊野修験が伝えた“奥三河の花祭り”へ行ってきた

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和歌山からはるばる愛知県北設楽郡へ!

11月22日午後、熊野チームの1人として私は愛知県の東栄町に到着しました。

そこは長野と静岡の県境に近く、紅葉の美しい山間の集落。熊野の幽谷な山々を思わせる…つまりめっちゃ田舎です。

車で5時間もかけてド田舎からド田舎へやって来たのにはもちろん重要な目的があってのこと!!

それは、熊野修験の山伏たちが伝えたと言われる『花まつり』を観るためでした。

 

花祭との出会い

私がはじめて花祭を知ったのは、2018年12月9日。本宮大社旧社地で行われた熊野公演でのこと。

熊野本宮大社御創建2050年の記念行事のひとつで、このとき特別に愛知県から月地区の方々が出張していました。

実行委員の大竹さんが「歴史的瞬間だよ」とまで言うのです。だからとりあえず来てみましたが、その意味もわからぬまま、顔に味噌を塗られ、お湯を浴び…この謎のお祭りを体験しました。

わけがわからない。でもそれは、なぜか心の底があたたかくなるような印象でした。

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花祭の重要な演目に「切目王子」があります。和歌山の紀伊路ルートに今もこの王子社は実在し、ちょっとハチャメチャな物語を有するお気に入りの王子社です。

普段は無人のこの切目神社ですが、この熊野公演のちょうど4か月後の4月9日、宮司さんとお会いすることがありました。

京都から熊野古道360kmを踏破する女性(わたくし)が通ると聞いて、切目の宮司さんと氏子さんが差し入れまで用意して待ってくれていたのです。

 

さらにその5日後は、再び熊野を訪れていた月の花祭保存会の皆さんと、川湯温泉でたまたま同じ宿だったのです。その晩の懇親会に加えてもらい、賑やかな宴をご一緒させてもらいました。

そんなわけで私は、縁があると思い込んだんですね。今年は絶対に月の花祭りに行くぞー!と何か月も前からスケジュールを空けていたのでした。

時を超えてつながる浪漫

700年以上の歴史があるという花祭…そんな詳しい歴史は公式ページでみていただくとして!(こちら→東栄町の伝統行事 花祭 について)

私がすてきだと思うのは、このお祭りが時を経て、再び現代につながっているということです。

熊野古道は過去の歴史にばかり注目されますが、歴史文化を継承し、変化し存在していることに価値があるとは思わないでしょうか(いや、そうだ)。

▲2018年の本宮公演

 

現代につながったきっかけは、熊野に移住した一人の女性でした。

移住するずーっと前から、花祭に魅せられ通っていたんだそうです。そうするうちに地域の人と親しくなり、一緒にお祭り準備までするようになったのだとか。ある時にそれを知った本宮の氏子たちが驚いて、ぜひ花祭を熊野へ!と働きかけたのが2年前。

熊野公演が実現したのはそんな偶然と情熱、そして東栄町の人々が脈々と伝統を継承してくれたからこそでした。

熊野チームをあたたかく迎えてくれた月の人たち

さて、そんな月地区の花祭がはじまったのは22日の午後14時頃、昼も夜も朝も続き…終わったのは23日午後20時頃でした。えーとだから、30時間ぶっ通しの、お祭り!です。

地区の方のお宅で2泊お世話になりました。宿泊した熊野チームは確か13人だったかな。五平餅のおもてなし、こんにゃくも東栄チキンも美味しいし、めっちゃうれしかった。

▲しかも、まさかの炭火!はじめてでした
▲美味しくないはずがない!

 

重要無形民俗文化財 花祭の魅力

30時間を超える祭りなので、全部は観れないし(観る人もいる)優美な舞も1時間も見りゃ冷え込んで寒い。勇壮な鬼に心奮えるものの、眠いわ、煙いわ…。

 

でも、なんかいいんですよね。

 

こんな夜中に子供が舞うの?!この令和の時代に?!

そんな驚きもありつつ、その裏側では万全のケアがあるだろうことも想像でき…都会にはない地域のつながりを感じます。一生懸命がんばる姿に拍手喝采。

▲背後に迫るのは大根を持った“おつるひゃる”

 

深夜3時に寝たのですが、早朝6時には「味噌ですよ~!」と起こしてもらいました。

ムクりと起きて行くと、すっぴんの顔面に米や味噌を塗られます。これで無病息災が約束されるのです(痔が完治しますように…!)。

▲早朝の恐怖体験!でもメガネ汚れないようにぬってくれた(笑)

 

諏訪信仰などと融合し、独自の発展をとげた花祭。どんな風に伝わって形になったのでしょうか。神とは仏とは?鬼とはどんな存在だったのか?

難しいことは分からないけど。人々の笑顔を眺めていると、日本人にとっての信仰の本質がそこに在るような気がしました。精神性、神秘性、そしてなにか温かく懐かしいような時間。

▲榊鬼の登場で一気に盛り上がる

 

「重要無形民俗文化財ってこういうことか。」なんてちょっと納得したりして。

お祭りのあと遅くまで、熊野チームで感じたことを語り合いました。老若男女で雑魚寝するのも修学旅行みたいで楽しかった。やすさん、月の皆さん、3日間ありがとうございました。

未来へ

きっとお祭りは、私達ヨソモノのためのものではなく地域の人たちのもの。京都なんかのお祭りのように観光客であふれてほしくもないけど、色んな人に知ってほしいし、未来永劫と続いてほしいなぁー。

田辺に帰ってそんな話をすると「今、全国で地の神様が失われてきてるんだ」と、ちょうど学会だかなにかで聞いてきたらしいパートナーの山田さんが言いました。

地の神様は、過疎高齢化の進む地方に多いのでお祭りも簡略化されたり後継者がいなかったりと、消滅の危機にあるんだそうです。和歌山も例外ではありません。

目の肥えた詳しい方によると「花祭のように手抜きをしない里神楽はもう他にない」とのことです。この素晴らしいお祭りと熊野の交流がこれからも続きますように。

来年は夫婦でおじゃましたいと思います!!

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