令和最初の熊野詣で?!
私、坂本は「熊野古道の全ルートをやりたいなぁ」と思っているので、今回たまたま注目が集まった平成最後の熊野詣で(紀伊路・中辺路の御幸ルート)は、はじまりに過ぎません。
無職の自由はこれからですっっっ!!!
「元気だったら5月、ゴールデンウィーク明けには小辺路をやろう!」そう前から決めていました。
さすがに4月のような注目もないと思いますし、今回はこじんまりにはなりますが…「日程が合えば行きたい」という強者もいるので(すでに数名参加も決まっているので)公開します。
というか4月の旅でクレージーなお友達が増えましたね。
もちろん電波が届く限りTwitterもやりますよ~。
旅の日程表(東高野街道・小辺路)
東高野街道 約55㎞ & 高野街道 約35㎞
5/3(金) 京都 八幡市―野崎
5/4(土) 野崎―瓢箪山
5/5(日) 瓢箪山―富田林
5/6(月) 富田林―天見
5/7(火) 天見―九度山
5/8(水) 九度山―高野山(町石道)
小辺路 約70㎞
5/9(木) 高野山―野迫川
5/10(金) 野迫川―三浦口
5/11(土) 三浦口―十津川
5/12(日) 十津川-熊野本宮
※1日約15~20㎞程度の行程です
※行程少し変更しました(5/1時点)
詳しい出発時間などを公開しました!以下の記事をご覧ください。
東高野街道とは?
「小辺路は4泊5日やな」…と標準コースで考えていたはずなのに…ひょんな偶然がアイデアになって想定外の東高野街道を組み込んでしまいました。
4月に歩いた京都伏見からのルートもそうでしたが、世界遺産だけが道ではありません。
京の都人が熊野を目指すルート、最も古いのが4月に歩いた平安鎌倉の熊野街道・紀伊路・中辺路です。本宮まで約14日かかります。
これに対し江戸時代は、険しいけれど『安・近・短』ということで、京都から一直線に南下する高野山経由のルートが多く利用されるようになります。この高野山-本宮までが世界遺産登録となっている小辺路。
しかし1,200年の歴史ある高野山参りは当然ながら、平安時代から盛んだったわけですね。京都から高野山に行くときに使われたルートのひとつが、東高野街道(八幡~高野山)です。
一緒に歩きたいという方へ
小辺路は標高1,000mの登山ルート。山奥でアクセスも悪くて誰でも参加できるものではありません。ガイド業をしているとか、健脚で自信のある方、自分で情報収集と宿泊手配ができる方しか参加できません。
前半の東高野街道については、本当に思いつきで追加しています。発着時間は4月に行った熊野参詣のようにはっきり決めず、参加希望の方とフレキシブルに動こうと思っています。ただ大阪府下は電車もありアップダウンも少ないので私に合わせるということを除くと歩くこと自体は難しくはありません。
ゴールデンウィークということでちょうど5/4(土)は野崎参りで有名な縁日も並びます。前もって連絡くだされば午前中、お祭りを一緒に散策できるかなぁとも思います。
前回と同じく、あくまでこれは私の個人旅です。イベントではありませんので全面的に自己責任、自己完結できる方のみご連絡をお願いします。
私もはじめて歩く道で、しかも出発まであと3日!どう行けばいいかや、難易度も距離も含め親切に回答することはできませんのでどうぞご理解ください。(むしろ教えてほしいくらいのレベルですよ)
熊野と高野…「3」という数字のナゾ
『3』という数字、あるいはその倍数は日本ではとても縁起がいい数字です。
三々九度、三本締め、熊野三社、三本足の八咫烏、三体月伝説、九十九王子、西国三十三、三十三間堂、三鈷…
紀州の和佐大八郎が通し矢で日本一になった三十三間堂!
みごとな鎌倉期の千手観観音坐像、後白河上皇ゆかりのエピソードたっぷり。
観音様が変化する33の姿にちなんで熊野詣でも33回を目指したとか! pic.twitter.com/bRGNw3F3uh— 熊野ログ|熊野古道360kmゴール! (@kumanolog) 2019年3月31日
なぜ『3』なのか?!は諸説ありというやつですが、理由の一つは観音様の変化の数だそうです。観音様って時と場合に応じて33の姿に変わって人々を救世してくれるんですって。ありがたや。熊野なのに観音様…神仏習合の世界ですね。
熊野詣で出発前日の3/31、京都市内の熊野ゆかりの地を、紀伊路の柴田会長と探検しました。
そのときに三十三間堂で「だから熊野詣では33回を目指したんや」と聞いて「えっ、でも最多34回の上皇いましたよね?」と質問したのです。すると「後白河院は33回は熊野に来て、34回目は高野山に御礼参りや」との回答。へぇ!知らなかった。
ちなみに高野山に登る5月8日、私は33才から34才になります。縁起がいいでしょ。
聖地でカンパーイ!とはいかないけど、仲間におめでとうくらい言ってもらいます。山岳登山前なので荷物になるからプレゼント不要ですよ。えっ、そんなものないって?
参考
以上、かなりざっくりとした内容のおしらせでした。小辺路は玄人向けなのですが、東高野街道の地図は以下のリンクからダウンロードくださいませ。
(大阪府/歴史街道ウォーキングマップ)
東高野街道 /出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
数ある高野街道のうち、いちばん東側に位置する道筋。八幡(京都府八幡市)で京街道 (大坂街道) と別れ、河内国の東部を通り、長野(大阪府河内長野市)で西高野街道と合流し、 以南は高野街道として紀見峠、橋本、高野山へ至る。
いつ頃に形成されたかは定かでない。既存の集落を経ず、出来るだけ直線になるように通されており、自然発生的に形成された道ではなく、計画に基づいて建設された古代道路であると言われている。 淀川水系の河川や、かつて存在した巨大な河内湖(深野池)周辺の湿地帯を避けて生駒山地の麓を通り、河内国府(現在の藤井寺市)付近で大和川を越えると石川の左岸に沿って通った。 平安時代には駅が設置され、京と河内国府を結ぶ官道としても重要であったとされる。
その後は官道としての重要性は薄れたものの、仏教信仰の一般化に伴い、高野山参りが盛んになると参拝道として賑わうようになった。
現在では、府道長尾八幡線、枚方バイパス、府道枚方交野寝屋川線、府道枚方富田林泉佐野線と国道170号(旧道)各道の大半に相当または平行する。